バリ島の男性は怠け者で、女性は働き者という噂は本当か?
- Ayako Yamamoto
- Jan 14
- 12 min read
バリ島について日本で語られる文化・生活・社会像は、観光情報やSNSの断片的な印象に基づいていることが少なくありません。「男性は怠け者で、女性は働き者」という噂もその一つです。
本記事では、この噂が生まれた背景を文化・宗教・社会構造・労働の視点から丁寧に整理し、バリ島のジェンダー観と働き方の実態に迫ります。観光地としてだけではなく、生活の場としてのバリ島を理解することで、インドネシア文化への理解がより深まることを目指しています。
1. 噂の出どころを整理する
1-1. 観光客の「一瞬の切り取り」が生む誤解
日本人を含む外国人観光客は、バリ島では主に次のような光景を目にします。
街道沿いのワルン(食堂)や屋台で、女性がテキパキと接客している
市場で女性たちが商品の準備や販売を仕切っている
一方で、道端の東屋やバンジャール(集会所)で、男性たちが長時間談笑しているように見える
こうした「表から見えやすい仕事」と、「外からは仕事に見えにくい役割」のギャップが、「男性は怠けていて、女性ばかり働いている」という印象につながりやすいのです。
しかし、バリの男性が何もしていないわけではありません。宗教儀礼の準備や、地域組織での意思決定、家系・土地に関わる責任など、「観光客の目には見えにくい領域」で重要な役割を担っている場合も多くあります。
1-2. 「怠け者」という言葉の危険さ
「怠け者」という言葉は、とても強い価値判断を含みます。社会科学の研究の多くは、特定の民族・宗教・地域の人々に対して「怠けている」というレッテルを貼ることに慎重です。
バリ社会のジェンダー(性別)研究では、「バリ女性はトリプル・ロール(3重の役割)を担うほど忙しい」という分析はある一方で、「男性が怠け者である」と結論づける研究は見当たりません。むしろ、伝統的な性別役割分担があるだけで、それを「怠け」と訳してしまうのは誤解だと指摘されています。
2. バリ島の社会構造とジェンダー
2-1. バリ・ヒンドゥー社会の基本構造
バリ島は、インドネシアの中でも少数派であるヒンドゥー教徒が多数を占める地域です。村落共同体や家系、宗教儀礼を中心にした社会構造が現在も強く残っており、「個人」というより「家」と「共同体」が重視される傾向があります。
この中で、伝統的には以下のような役割意識が存在してきました。
男性
家系の継承者(家名・土地の継承)
宗教儀礼や地域組織の代表的な役割
公的な場での意思決定への参加
女性
家庭内の管理(家事・育児・高齢者ケア)
市場や小規模ビジネスへの参加
宗教儀礼の準備・供物作りなどの実務
これだけ見ると、「女性の方がやることが多いのでは?」と感じるかもしれませんが、実際には儀礼や共同体運営の負担もかなり大きく、男女で「見える負担」と「見えにくい負担」が分かれている、と考えた方が近いです。
2-2. パトリライン(父系制)と女性の立場
バリ社会は基本的に「父系制(パトリライン)」です。結婚すると多くの女性は夫側の家に入り、その家と宗教儀礼への参加が義務として強く意識されます。
近年の研究では、バリ・ヒンドゥー女性は次の3つの役割を同時に担っているとされています。
生殖的役割(家庭・育児・ケアなど)
生産的役割(収入を得る仕事)
社会・文化的役割(宗教儀礼・地域活動・社会組織への参加)
つまり、「家のことをやる」だけでなく、「仕事もする」「地域行事や宗教儀礼にも参加する」という三重の負担を背負っているケースが多いのです。
3. 「バリ女性は働き者」というイメージの背景
3-1. トリプル・ロールという現実
先ほど触れたように、バリ女性には「トリプル・ロール(3つの役割)」という概念がよく使われます。
朝は家事と子どもの世話
日中は観光関連やサービス業、商売などで働く
夕方から夜にかけては、供物作りや寺院での儀礼準備、地域組織への参加
こうした生活リズムを続けている女性たちが多く、働きすぎによるストレスやワークライフバランスの問題も少しずつ研究対象となっています。
日本人がバリを訪れた際に目にする「働く女性」の姿の背後には、こうした重層的な役割が存在しています。
3-2. 観光産業と女性労働
バリの経済は観光産業に大きく依存しています。ホテル、レストラン、スパ、旅行会社、土産物店など、サービス業が島全体に広がっており、そこに従事する女性も非常に多いことが分かっています。
観光関連ビジネスでは、以下のような理由で女性の活躍が目立ちます。
接客・ホスピタリティの求められる仕事が多い
家事スキルがそのままサービス業に転用されやすい
家の近くで小規模ビジネスを始められる(ホームステイ、ワルンなど)
一方で、
非正規・インフォーマル雇用が多く、社会保障が弱い
長時間労働・夜間労働による家庭との両立の難しさ
性別による賃金格差や昇進機会の不平等
といった課題も指摘されています。
「とにかくバリ女性はよく働く」というイメージには、こうした観光産業の構造が関係しています。
4. 男性は本当に「怠け者」なのか?
4-1. 観光客の目からは「仕事に見えない」役割
それでは男性はどうでしょうか。観光客からすると、次のように見えることがよくあります。
日中に道端でコーヒーを飲みながら談笑している
バンジャールの東屋に集まって長く話をしている
市場で動き回るのは女性が多く、男性は「店番」程度に見える
こうした光景だけを切り取ると、「男性は働いていない」と感じてしまいやすいのですが、これも文脈抜きの判断です。
実際には、
村の意思決定や地域組織の会合が談笑に見える形で進んでいる
夜間に観光客向けの仕事(運転手、ガイド、警備など)をしている
農業や建設業など、観光客の視界に入らない場所・時間で働いている
といったケースも多くあります。
4-2. 統計から見たバリの労働参加率
インドネシア全体のデータを見てみると、バリ州は労働力率(労働市場に参加している人口の割合)が国内でも最も高い地域の一つであると報告されています。
つまり、男女を問わず「働いている人の割合が高い」地域なのです。さらに、バリ州は女性失業率が全国で最も高い年も報告されていますが、その多くはインフォーマルセクター(非公式な仕事)で働いていることが指摘されています。
このことは、「バリの女性は働いていない」のではなく、「公的な統計に十分反映されない形で働いている」ことを意味します。そして同時に、「男性だけが働いているわけでもない」ことも示しています。
統計的に見ても、「男性=怠け者」と断定できるようなデータは存在しません。
5. バリ女性の「忙しさ」とその影の部分
5-1. ワークライフバランスとロール・コンフリクト
近年の研究では、バリ女性の「三重の役割」がワークライフバランスにどのような影響を与えているかが検討されています。
主な課題としては、
家事・育児・高齢者ケアに加えて、正規・非正規の仕事をする負担
仕事から家庭に持ち込まれるストレス
休日や余暇の時間が、宗教儀礼・地域活動で埋まってしまうこと
が挙げられています。
その結果、「自分の時間がほとんど取れない」「どこかで無理をして調整している」という声も少なくありません。「働き者」という言葉の裏側には、こうしたロール・コンフリクト(役割の衝突)が潜んでいることを理解する必要があります。
5-2. 観光産業で働く女性の現実
ホテルやレストラン、旅行会社などで働く女性たちは、観光シーズンになると早朝から深夜までシフトが続くこともあります。家族のケアと不規則な労働時間の両立は簡単ではなく、ストレスや健康への影響も懸念されています。
一方で、
自分のビジネス(ホームステイ、カフェ、スパなど)を持つことで、収入と時間のコントロールを試みる
観光産業での経験を生かして、オンラインビジネスやハンドメイド商品の販売に展開する
といった動きもあり、バリ女性の起業・自立の一つの形として注目されています。
6. インドネシア人の「働くこと」への価値観
6-1. 幸福度調査から見えるインドネシアの特徴
インドネシアにおける「仕事の幸福度」に関する研究では、「職場での人間関係」「組織への一体感」「仕事の意味」が幸福感に大きく影響していることが分かっています。
日本と比べると、
給与や昇進だけでなく、「仲間と一緒に働くこと」自体に価値を感じやすい
職場を「家族」のように捉える傾向がある
宗教的価値観と仕事の意味づけが結びつきやすい
といった特徴があり、「仕事=苦行」ではなく、「仕事=生活と共同体の一部」として理解されることが多いようです。
この価値観は、バリでも強く共有されています。そのため、日本人の感覚から見ると「もう少し真面目に働けばいいのに」と見える場面でも、現地では「人間関係や共同体を大切にしている時間」という意味合いが強かったりします。
6-2. 若い世代と都市化の影響
近年は、バリからジャカルタなど大都市に出て働く若者や、逆にジャカルタなどで経験を積んだ後にバリに戻って観光ビジネスを始める人も増えています。都市部の働き方は、より成果主義・効率重視の傾向が強く、ジェンダーの役割意識も徐々に変化しています。
とはいえ、バリ独自の宗教行事や共同体の仕組みは今も強く残っており、
都市型の働き方
伝統的な共同体・家庭内での役割
の間でバランスを取ろうとする女性・男性が増えている、というのが現在の姿と言えます。
7. 日本人がこの噂から学べること
7-1. 「怠け者/働き者」というラベルの浅さ
「バリ島の男性は怠け者で、女性は働き者」という噂は、確かに耳に残りやすいフレーズです。しかし、ここまで見てきたように、実際のバリ社会はそんな単純なものではありません。
女性はトリプル・ロールを背負い、目に見える形で多くの仕事をこなしている
男性は宗教儀礼や共同体運営など、外からは仕事に見えにくい役割を担っている
観光産業の発展や都市化により、男女ともに働き方は多様化している
この複雑さを無視して、「怠け者」「働き者」というラベルだけで語ってしまうと、文化の本当の面白さや豊かさを見逃してしまいます。
7-2. 日本社会との比較で見えるもの
日本社会にも、かつては「男性は外で働き、女性は家庭を守る」という強い役割分担がありました。今は共働きが当たり前になりつつありますが、家事・育児の負担が女性側に偏るという点では、バリ女性の状況と重なる部分も少なくありません。
一方で、バリでは宗教儀礼や共同体の活動が生活の中に大きく入り込んでいるため、単純な「仕事と家庭の両立」では語れない難しさがあります。
日本からバリを眺めるとき、「あの人たちは怠けている」「あの人たちは働きすぎている」と評価するのではなく、
それぞれの社会で「当たり前」とされている役割
その背景にある歴史・宗教・経済構造
変化の中で個人がどのようにバランスを取ろうとしているか
に注目してみると、より深い理解につながります。
8. まとめ
本記事では、バリ島に関する「男性は怠け者で、女性は働き者」という噂を取り上げ、その根拠と背景を検証しました。この噂には部分的に観察できる現象もありましたが、多くの場合は文化的・社会的文脈を無視した単純化されたステレオタイプであることが分かりました。
バリ女性は家庭・労働・宗教儀礼の三重の役割(トリプルロール)を担い、忙しく働いていることが研究でも指摘されています。一方で男性は、観光客からは見えにくい地域共同体や宗教儀礼の役割を担い、統計的にも労働参加率は高い水準にあります。つまり、この噂は両者の「可視性の違い」から生じた誤解である可能性が高く、文化を理解するためには表面的な印象ではなく、歴史・宗教・社会構造を合わせて考えることが重要です。
本記事で使用した単語の解説
用語説明はあくまでブログ読者向けに、辞書というより背景理解のための補足にしています。
バリ・ヒンドゥーインドネシアのバリ島で信仰されるヒンドゥー教文化。インドのヒンドゥーとは異なる独自の世界観・儀礼・共同体システムを持つ。
バンジャールバリ島における地域共同体組織。儀礼の準備や意思決定を行う重要な社会単位。
パトリライン(父系制)結婚や家族構造において、男性側の家系を中心とする仕組み。女性は結婚後に夫側の家に入ることが一般的。
ジェンダー役割社会的・文化的に期待される男女の役割分担。生物学的性差とは別に扱われる。
トリプルロール(三重の役割)女性が同時に担う三つの役割(家庭・労働・社会/儀礼的役割)を指す概念。バリ女性に対する研究でよく用いられる。
インフォーマルセクター公式の雇用制度や社会保障の外側で行われる仕事。家族経営や小規模商いが多い。
労働参加率労働市場に参加している人口の割合。働いている人だけでなく、働く意思のある人も含む。
ホスピタリティ産業観光・サービス・宿泊・飲食などの顧客接遇を中心とした産業。バリ島では主要産業となっている。
宗教儀礼バリ社会の日常に深く組み込まれている儀式や祭礼の総称。個人・家族・共同体の単位で複雑に行われる。
ステレオタイプ集団に対する画一的で単純化されたイメージや思い込み。
FAQ
Q1. なぜ「バリ男性は怠け者」という噂が日本に広まったのですか?A Japan人観光客が滞在中に目にしやすい場面が影響しています。働く女性は市場や宿泊施設などの表に出る仕事の比率が高く、男性の役割は宗教儀礼や共同体組織など外から見えにくい側面があるため、誤解が生まれやすいと言えます。
Q2. 実際にバリの男性はあまり働いていないのですか?A 統計や研究ではそのような結論は示されていません。バリ州は労働参加率が高く、男性は宗教儀礼や地域活動に手間と時間を割くことが多いため、観光客の目には仕事に見えにくい場合があります。
Q3. なぜバリ女性ばかりが働いているように見えるのですか?A 観光産業や市場ビジネスは女性比率が高く、観光客が接触する場面では女性が前面に立つことが多いためです。また、家庭労働と儀礼準備まで含めると、女性が担う作業量は実際に多いケースがあります。
Q4. バリ島における女性の社会進出は進んでいるのですか?A 観光産業を中心に労働参加は高まっていますが、多くはインフォーマルセクターにあり、賃金格差やキャリア継続の問題も残っています。
Q5. バリの文化を理解するうえで何が重要ですか?A 家族単位や共同体単位での宗教儀礼が生活に密着しており、その中での性別役割を理解することが不可欠です。ステレオタイプや噂ではなく、背景を含めて見ることが大切です。



